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2006年6月 1日 (木)

毎日でも伝えたいこと

今日は、今の私を作っている大切な要素について
書きます。面白い内容は何もありませんが、最後まで
読んでくれるとうれしいです。





私の父は次男、そして私も母も長女なので、祖父母は
まだとても元気ですが、唯一母方の祖父だけはだいぶ
前に亡くなっています。一番頑丈そうな体をしてたのに
細胞が元気だったせいで、癌になった時それが裏目に
でてしまったのでしょう。






私達は父方の祖父母と暮らしていて、おじいちゃんに
会うのは春、夏、冬の学校の休みの時だけでしたが、
母の実家に行くのは小さい私達にとって、パラダイス
に行くようなものでした。

私は、よくこの母方のおじいちゃんの事を思い出して、
一人で大泣きしてしまいます。今も、書いていて涙が
出てきますが、がんばって書きます。





おじいちゃんが亡くなった時高校生だった私は、ちゃん
と私がおじいちゃんの事大好きだった事を伝えられた
自信が無いのです。

母の実家は桃の産地で、夏に遊びに行く時には決ま
っておじいちゃんが何箱も上等な桃を買って待っていて
くれました。私も妹達もしっかり熟れたとても甘い匂い
の桃が大好きでした。でも、中学・高校になるにつれて
私たちも普通の10代の女の子達と同じように容姿を
気にするようになり、脂っこい物・甘い物は全然手を
つけなくなりました。あまのじゃくだったおじいちゃんは
休みが終って帰る時にわざと「あー、明日から皆がい
ないと寂しゅうなるなー」と言って小さい私達を泣かせて
面白がっていました。その延長ではありますが、桃を
食べなくなった私達を見て「桃全然食べんくなってしもう
たなー」と言っていた言葉が私には忘れられないのです。


そしてもう一つ。

癌の治療のため入院したおじいちゃんを、週末を使って
お見舞いに行った時、帰り際におじいちゃんが「もう会え
んかもしれんのう」と言ったのに対し、そんな事言ったら
現実になってしまいそうで嫌だった私はわざと大した事
無いように「そんな事無いわ、また来るからね」とそっけ
なく言って帰ってしまったのです。でも、それが本当に私
とおじいちゃんの最後の会話になってしまいました。


受け入れたくなかったのです。だから、あんな言い方を
してしまった。でも、その事が今ももの凄く重く私の心の
中にあります。おじいちゃんの事私がどれだけ好きだっ
たかちゃんと伝えなかった。


去年帰国した時に、売れっ子の霊能師がテレビの番組
で、「生前一緒にいたんだから、その人がなんて言うか
は想像できるでしょう。何か伝えられなかったとか、して
あげられなかったと後悔する必要は無いんですよ」と言
っていたのを聞いて、ふっと心が軽くなった。おじいちゃん
が私がどれだけ好きだったか知らなかったわけが無い。
どんな言い方しても、本当の気持ちが伝わっていなかった
訳が無いって。



でも、それでも、おじいちゃんとの事は私の気持ちを伝え
る事への姿勢を変えました。

私はもともとプラスの感情を出し惜しみするタイプではあり
ません。でも、あれ以来、私は私の為に、気持ちの全てを
精一杯表現して生きています。毎朝まーちんを抱きしめて、
一日中いつでも事あるごとに「まーちんのこと、すごくあい
してる。だいすきだよ」と伝えます。たとえ、明日何が起こ
っても、まーちんが”私がまーちんの事をどれだけ愛してい
たか”疑いようも無く確信できることを私は知っています。
”ちゃんと伝えられていたか”なんて心配は全く無いです。

家族や大切な友達に対しても、一生懸命”大事に思って
いるよ”と言う気持ちを伝えるようにしています。尊敬する
事、大好きだって事、思ったすぐから伝えています。

もう2度と、後悔したくないから。





そんな風に気持ちを伝えながら暮らしている自分の生き
方が今はとても好きです。おじいちゃんが教えてくれた
大切な宝だと思って大事にしていきたいです。


重くなってしまって、すみません。でも、いつか書きたいと
思っていたことです。正直、数年たった今でも完全に
回復できていませんが、この話がここを見に来てくれて
いる皆に、何か残せたらととても嬉しい事です。

ここのアドレスを教えている皆は私にとって、大切な人達
だから。



皆も、大好きな人達に「大好きだよ」って伝えてください。
両親でも、パートナーでも、兄弟でも、恋人でも、友達でも。
改めて伝えてなかったと思い当たる人がいたら、伝えて
欲しいです。今すぐにでも。

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コメント

こんばんは
重たくなんか全然ないよ!
私は、母方の祖父は58でなくなったんだ。
次女である私の名前をつけて、4ヶ月で。
明日ちょうど命日です。
もう、27回忌だよ。
母方の両親て、孫娘にとっては結構大きい存在だったりするよね。不思議と。だから、一緒に過ごすことができて、思い出が沢山あるともみちゃんが羨ましかったりするよ。
いてくれたらどんなに良かっただろう、って想像だけのおじいちゃんで涙することもあるし。
おじいちゃんとのことで、ともみちゃんがプラスに生きられるようになったこと、本当に財産だと思います。
私も、人に感謝しながらいきていこうと思いました。話してくれて、ありがとう。

投稿: ragazza giapponese! | 2006年6月 1日 (木) 00時13分

そうだよね。ホント極端な例を言えば、明日テロにあってもう二度と会えなくなるかもしれない。。。。。その時後悔しない様に、今を一生懸命生きて愛を伝えないといけないね。本当に。

ともみちゃんが珍しく(?)まじめな事を言うのでちゃんと読みました。
そして、考えさせられました。

ありがとうね。

投稿: わたあめちゃん | 2006年6月 1日 (木) 01時09分

ほんとに、おじいちゃんこの世にいない事が変な感じがするんです。なんで会えないんだろう。って気分になるときもあります。でも。名前を付けてくれたっていうのは、それはもう1つの大切な思い出だよね、まきちゃん。
わたあめさん、普段は脳の回路が逆流していますが、たまに正常稼動しますので、まじめな時もあるのですよ。夫わたあめさんへの愛情表現、がんばって続けてくださいね。分かってても、ちゃんと言われると嬉しいと思いますよ。

投稿: ともみ | 2006年6月 1日 (木) 16時16分

うん。一応伝えたんだけどね、始終疑ってかかってた。昨日寝る前に「何か話すことあるんじゃないの?」って聞かれちった。。。。なれない事をするとこうなる。

投稿: わたあめちゃん | 2006年6月 1日 (木) 16時31分

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