2006年9月21日 (木)

イタ男くん

今日は、気分転換にイタリア人のこと。



知ってる人は知ってると思いますが、まーちんと付き合う
前、私は2年ほどイタリア人と付き合ってました。で、イタ
リアで長期滞在してその人の家族や親戚、友達に囲まれ
てとても良くして貰ったので、彼らの社会を内側から見る
機会がありました。日本で言うイタリア人のイメージ
当たってるとこ、間違ってるとこ、感想があります。


そして、何人かの経験者の話を聞いたり、イタリア人の
友達を見ていても、私の印象は結構共通して見られる
イタリア人の特徴みたいです。


私の場合、イタリア人の女の子達の印象は総じていい
です
。みんな明るくて親切です(一部はちょっと遊びほうけ
過ぎではありましたが)。と言う訳で、ここで出てくるのは
イタリア男




とは言うものの、やっぱり国民全部を一からげにして自分
の経験から話をするのはちょっと気が引けるので、ここで
はイタリア人ではなく、代表者イタ男と呼びましょう。イタイ
男と言う意味もかねてね^^








まず、第一にして一番大きいのは





イタ男はマザコン(かなり激しいタイプ)です






これは間違いなさそうです。本当にかなりの勢いで、
そうです。

例を挙げたらキリがありませんが、一部を紹介すると、
「ママはすごくキレイ!(ママは60近いです。参考
までに)」
とか平気で言います。私は年を重ねることに
肯定的なので、ママが60だろうと、80だろうとキレイ
だと言えることは素晴らしい
と思います。








これはママだけに対するもので、その他の女性はこれ
には当てはまらない
のです。(この辺がヤなんです><)

街で、60近いけど、知的でピンと背筋を伸ばし、すごく
素敵に年を重ねてるなーって思える女性を見つけた私は
彼に「あの人すごく素敵だねー」って言ってみた事が
あります。返ってきた答えは、え”~すごい年じゃん!」
「あんたのママの方が、見た目ずっと年だろー!」って
呆れてしまいます。。。


家族を大切にするのはとても良い事です。でも大切にする
事と、他人にもそれを押し付けることは違よね。彼らの場合
自分が大切にしていると言うより、自分を大切にしてくれる
ママを皆は大切にするべきだって感じです。当然恋人にも
友達にも、自分のママ(と言うより家族かな?)への恩返し
を強要する。。。自分でしろよ、皿洗い自分でやれよ、
宿の手配
。。。う~ん分かるかなー。





2つ目は、イタ男は自分たちが世界で一番美しい男達
と思っています。本気で思っています。本当はブチャイク
でも。。。^^; これは個人差が結構あると思われますがね。




もう1つ、私が思ったのは、彼ら、「自分は女の考えている
事なんかお見通しで、とても敏感だから、彼女が浮気した
のにピンと来たからふってやったよ」とか信じてます。個人
的に、よそから客観的に見ていると、これは彼女が冷めて
別に別れてもいいと思っているから彼らが気付いたパター
ンが多いんですが^^; このポジティブキングで自分に都合
のいい解釈は、「違うと思うよ。。。」とも言えないくらいの
自信を持って信じ込まれているのです。




しかし!
私の経験から1つイタ男の間違った印象を挙げるとすれば、
彼らは特別プレイボーイでもナンパ師でもなかったこと
中にはそういう人もいるだろうけど、そういう人は他の国にも
いっぱいいるし、他の国民と変わらないんじゃないかな。




しかし、これらの素質をムンムンと匂わせていても、友達と
してはとてもいい人たちばっかり
でした。あれやこれや
世話を焼いてくれて、とっても可愛がってもらったのは今
とっても感謝してます^^



でも、まー相性はほんと人それぞれなので、
* マザコンが大丈夫な人
* 束縛されることに愛情を見出せる人
* 負けず嫌いで対抗してくる所をだっさ~ではなく
   かわいい!と思える人

はきっと上手く行きます。ふふふ、私は無理ですが^^;


でも、イタリアと言う国(住むとか働くとかはちょっと^^;)、
料理や文化はすごく好きです。それらを内側から体験する
機会をくれた事、そして、イタリア語を覚えるきっかけを得
られた事にはとても感謝してます。どんな人間関係も自分
をしっかり持っている限り人生の財産です。









最後にハッキリさせなくてはいけないのは(させなくていい
??^^)私が”外国人好き”ではない事!!!

そう勘違いしてる友達もいるくらい。ちゃいます。日本人
の方がラテン人より好みです^^そして、付き合ってきた人
のほとんどは日本人ですから。国際結婚している人は
外国人好きだと思っている人も多いし、そういう確率も
高いかもしれないけど、こっちにいて運命的に惚れられ
る日本人に遭遇することはほんとに少ないのよ^^;
確率が全然違うもん、日本にいるのと。パートナーとして
持っていてほしい資質が他にいっぱいありますから、国
籍なんかで選びませんよ、ほんとに ^^;

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2006年6月25日 (日)

金田一 はじめ 3

思ったより、ながなが書いちゃってすみません><
別に引っ張りたかった訳ではないんですが、私と
彼の関係は大きく分けて、高校時代、大学の始め、
そして今日書くその後、の3つなのでひとまとまり
づつ書きたかったと言うのと、スイスでの実験の
追い込みで、長い文章を書く時間がなかったので
3回にもなってしまいました。

ま、今回で終わりなので、お付き合いくださいな。

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やつの気まぐれでの、ちょっとしたデート期間を
経て、また妙な友人関係に戻っていた私達。


そーこーしているうちに、お互いの生活を別々に
送るなか、連絡し合う事もだんだん少なくなって
行きました。そしてやつが東京へ出て行ったのを
境に、私達はほとんどメールをする事もなくなり
ました



1年ほどそんな風に過ごしていた頃、久しぶり
にやつが連絡して来ました。久しぶりにこっち
に帰って来るから会わないか?
と言う内容で。

長い事、お互いどうしてたか知らなかったし、
久しぶりに帰って来るならと思い、以前のように
一緒に飲みに行きました。














でも、やつは




なんだか私の知っている、おバカで、でも根は
いい奴
な、あの頃のあいつではなくなっていま
した。








本当に頭がいいのに(私はまともに受験勉強
すればやつは東大理三:東大の医学部:に
入れたと今でも信じています)、東京へ行った後、
やつはホストになって、そんな世界にしっかり
染まってしまっていました。


どんな店に勤めていたのか知りませんが、きっと
あーゆー世界はつながっているんでしょう。高級
クラブに来るような政界の大物と知り合いに
なったり、ホステスの女の子達と付き合ったり、
そんな話をしてくれましたが、私が会っている間中、
感じていたのは「もう、この人は私の知っている
あいつじゃないんだな」
という悲しさだけでした。



言葉の端々から、地位と権力への傾倒、そして
女の子を物のように見ている冷たが感じら
れました。本人はきっとそんなつもりもないし、
気付いてもいないでしょう。異質な世界にいると、
始めに感じていた物も、感覚の麻痺に同時に
感じなくなるものです。






チャラチャラしていても、女の子達と遊び回って
いても、わざとおどけて隠しているやつの中
の泥くさい正義感
みたいなものが好きでした。


自由気ままな、でも誰にも卑屈にならない
やつの独特な存在感
がやっぱり大好きでした。





私は全て計画的に人生を築いていくタイプだし、
パートナーにもその点に関しては同じものを
求めるので、関わる事の無い生き方だけど、
自分にできない柔軟な、それでいて流されない
強い生き方ができるやつ。




そんな全然違う人間なのになぜが傍にいて
くれたあいつはもういないんだな。

やっぱり悲しくなりました











お酒に強いはずのやつが、その夜は酔って、
帰りの電車の中で眠っていました。疲れても
いたんでしょう。

自分の駅で、先に降りる私は、やつを揺り
起こし、

「あと2駅で、降りなきゃダメだよ。
しっかりしてよ。ほんと、無理な生き方して
自分の体ボロボロにしないでよ」

と言って、寝ぼけまなこで手を振るやつを
見送りました。










それが、やつに会った最後です。










その後私達は連絡を取る事もなく、今では
連絡先も知りません。高校のつてを回れば
やつの事を知っている友達もいるかもしれ
ませんが、私の仲間とやつの仲間は全く
違っているし、聞いて回りたいとも思いません。












でも、たまに



ふと、やつの事を
思い出します。









どうしてるのかな。












いまでも、あんな世界にいるのかな、やつ
の事だから企業を起こしててもおかしくない
し、海外にいてもおかしくない。どんな世界
でもホイホイ渡って行ってしまう
、そんな人
だから。













どこにいるんだろ。











私達は結局 親友ではなかったし、まして
恋人でもなかった。

戦友?悪友? 

そんな存在だった。









やつは私の事なんて、思い出しもしないと
思う。でも私は、いつかどこかでもう1度
やつに会いたいと思っているし、世界中
どこにいても、やつが私の事を思い出した
時、見つけられるような人間になりたい、
そんな風に思ってる。










私は自分のブログに過去の恋愛関係を
書くつもりは全然ありません。それは私
だけの問題じゃなく、恋愛した相手も問題
でもあるからです。まー、過去の男のこう
いう所がメチャクチャやだったとかは書く
かもしれないけどね^^;でも、個人的な事や
あらましまで話そうとは思いません。

でも、やつは恋人ではなく、やっぱり大事な
友達でした。とても変わっていて、でもそれ
だから信頼できた友達。だから今回彼の事
を書きました。ちょっと悲しかった友情の
終わりも含めて。







いつかまた、やつに会えたら、この続きを
書きます。

まだその時私がここに書いてたらですけど
^^;



長くなっちゃってごめんなさい。
ここまで読んでくれてどうもありがと!

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2006年6月22日 (木)

金田一 はじめ 2

先日、大学の後輩からメールが。




「とも と まーちん」見てます。
結構面白いですね。







あの、私一応作者ですが。。。






それは「まーあんまり期待してなかったけど
思ったよりそこそこイケてたよ」っていう、
結構なのでしょうか。。。後輩よ、気になります。




でも、楽しんでいただけたようなので、次は結構なし
で面白いと言っていただけるように、日々努力して
参りたいと存じます。





では、この前の続き。

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私は今でも、やつの事を、友達以上恋人未満
だったとは全然思ってません。

友達だったかさえ怪しいような。








とにかく、分類できない単純に名前の付け
られ
ない、彼の存在はそんなものでした。



私は無事第一志望の大学に合格し、彼は、東大
なんて余裕で合格できるのに、センター入試の
国語で、回答欄を間違って回答し通し、浪人す
ることになりました。やっぱり天才バカボン
んです。彼は。

高校卒業後も連絡を取り合って、私は大学での
事好きな人の事、いろいろやつに話していました。



そして、時間が出来ると(やつが塾にちゃんと
通って、真面目浪人生をやっていたとは思えませ
ん。確か、しょっちゅう友達と麻雀してた気がし
ます)、やつは私の大学に来て、放課後の教室で、
私の物理の宿題を手伝ってくれたりしてました。



誰もいなくなった大学の講義室で、さらさらと問題
を解いて行く
やつを見て、こんな風でもやっぱり
こいつはただのバカじゃないんだもんな
とか
思いながら、私は近くの席の椅子の上でクルクル
回って他愛も無い話をしゃべってました。


そして一緒に電車で途中まで帰ります。






その頃私は、多分いつまでたっても結局相手に
されないだろう人
に片思いをしてました。デート
はしていても、片思いだと言う事は自分で分か
っていました。その事も知っていたやつは、ある
日、電車を待つプラットホームで突然言ったの
です。












「**ちゃんさー
(彼は私を名字の短縮系に”ちゃん”付けして
 呼んでました)、

 そんなやつ止めてオレと付き合ったら?」










前にも言ったように、私はやつの事が好きでも恋愛
感情
は全くありませんでした。私の恋愛感情はかなり
はっきりしていて、一回合えばその人に恋するか、
しないか決まってしまいます。恋せずに友達になった
相手にその後恋愛感情を持つ事はありません


「なにを言ってんのよ。
無理無理。私達、ぜーんぜん正反対だしねー」

と言って、私は相手にしませんでした。





「そっかなー。おれって こんなにいいやつなのに
なー。もったいねーなー」

などと、大して残念そうでも無く言うやつも、本気
で私と付き合いたいと思っていた訳じゃないはず
です。今でも、なぜそんな発想がやつに浮かんだ
のか分かりません。










その後も私達は、それまでと同じ奇妙な距離感
まま、連絡は取り合ってました。












そんな私達ですが、1度だけデートした事があり
ます。


私が、何度かいつもの軽さで

「なあー、付き合お!」って言ってくるやつに

「じゃー、付き合おっか」
と言ったかどうか、覚えていません。でも、私達は
一緒に高校の近くの夏祭に行く約束をしました。






今までと同じ、親密距離感で、でも手をつなぎ
ながら私達はたくさん並ぶ屋台を覗いて、きれいな
飾りの下がる商店街を一緒に歩きました。


同じ高校だったやつの仲間は、私達2人を見て、
やっぱり驚いていたみたいでした。だって、ほんと
に私とやつは、全く違う人種として高校3年間を
過ごして来てたんですから。



私が覚えているやつとのデートはそれが最初で最後
です。もう私達大学生の年だったんですよ。でも、
私とやつはただ手をつないで夏祭りに行っただけ
抱きしめられもしなかったし、キスもしなかった。
私も別に恋人になりたいと思ってはなかったし、
たぶんやつも同じ気持ちだったと思う。やつは恋人
になってくれる 華やかで女の子っぽい子なんて
いっぱいいたと思うし。





それでも、その日一緒にいる間中、私は楽し
かったし、なんだか心があったかかった。





そして私はどうやって、私達がその後また妙な友情
関係
に戻ったかも覚えてません。

たまに、連絡とっては一緒に飲みに行ってはまた
他愛も無い話をお互い話し合う。そんな関係が
続いてました。





その後、しばらくして やつは東京に出て行きました。



すみません、また続きます。

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2006年6月19日 (月)

金田一 はじめ

ふー。ここ2週間ほどやって来た実験のうち
の1つがどうやら、うまく行かないみたい。
もう後1週間しかないから、この実験は諦め
ざるを得ないな。。まあ、ほんとに結果が欲し
かったらコラボレーションを提案して、実験に
必要な物をイギリスまで送ってもらえるかも
知れないけど。

こんな事は日常茶飯事とは言っても、やっ
ぱり落ち込む。この職業に限った事じゃない
けど、やっぱり仕事で失敗があると自分まで
ちょっとヤになっちゃう
って事ありますよね。





おとつい、夢を見ました。高校時代の友達
が出て来ました。それでその子の事思い出
してたので今日はその話しでもしますか。






彼はちょっと変なやつでした。




私が通っていた高校はいわゆる進学校
東大合格者数ランキングで公立ではかなり
上位にいます。でも、県内トップの天才集団
ではなく、どちらかと言うと、努力で勝ち取
ろう
系の高校でした。







私はいつものごとく、


凡人は努力でどうにかするもんよ

がモットーの、図書館と誰もいない教室で
勉強するのが好き(ちゃんと、部活はして
ましたよ)な学生で、職員室に行っては質
問しまくってる子でした。









で、彼は、天才です




でも天才バカボンなのです。サッカー部の
問題児で被服科の(うちの高校は普通科と
別に、1クラスだけ女の子ばっかりの被服科
がありました)オシャレした女の子達と仲の
いい、そんなグループの一人でした。




2・3日の勉強で学年トップの成績を取っ
ちゃうくせにしょっちゅう遊び回って。



そんな

天才ご気楽遊び人
のやつと、
勤勉凡人の私は

全く水と油。正反対の人種でした。



でも、2年で同じクラスになった私達は
なぜか気が合ってよく話しをする友達で
した。





見た目も、性格のタイプも私の好みでは
なかったけど、やつには一目置いていた
し、チャランポランに見えてたまに



「あいつが女の子にした事、俺は
ぜってー許せねー」



とか、自分の男友達の事本気で怒って
たりする、1本筋が通ったようなとこが
私は結構好きでした。











マンガの”金田一 はじめ”みたいやつ
でした。



私が生涯最大級の大失恋をした夜、たま
たま電話かけてきたやつに、私は全部話し
て大泣きしてしまいました。


次の日、ほんとは高校なんて行きたくない
けど授業を休みたくないが為に(あと、その
日行かないと絶対自分がダメになるって
気持ちもあったので)、泣き腫らしたひどい
顔で自分の席に着いた私のとこに来て、
やつは小さい声で

「大丈夫か?」

とだけ聞いて、
「大丈夫、ありがと」って言った私を

「そっか。がんばれよ」
と言って、そっとしておいてくれました。







別に大親友じゃなかったし、お互い友達付き
合いは全然別だったし、たまたまそこにいれば
話すような距離だったけど、なんか変な、でも
特別な存在
でした。

男の子として意識した事はなかったけど。





長くなったので、つづく。

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